迷いの窓NO.96
2006.4.30
烏が啼いた日
(1話)
  京都の大学へ進学することが決まり、下宿を探しに上洛した折、初めて目にし耳にした京都の地名が「烏丸」だった。
もちろん最初から「からすま」とは読めず、「とりまる?」なんて首を傾げていた。
まだ地下鉄烏丸線も開通していなかった時代の話である。
<あっ、「とり」じゃなくて「からす」なのね。しかも「まる」じゃなくて「ま」なんだ。>京都の地名は難しいと思ったものだ。烏丸通りは現在、京都駅から北へ向かう都のメインストリートである。
三条烏丸から四条烏丸の界隈は名だたる銀行や大手の会社が立ち並び、京都のウオール街とも呼ばれてきた。
何か曰く因縁のありそうな名称にも拘わらず、京都地名研究会によれば「烏丸」は「河原州+マウル(村の朝鮮語)」という意味であり、カラスとは関係ないらしい。
それにしても、まさか烏丸という土地で将来二度に渡り、サービス業に従事することになろうとは?お釈迦様でもご存知あるまい、と言ったこところか?
前置きが長くなった。今日の『窓』はカラスの話である。

  烏の語源は鳴き声からきているとか、「黒し」が変化したものと言われる。「烏」の横棒が一本ないのは象形文字で目の部分。体が黒くて目の所在がわからないところからきているという。私は仕事で中国茶を扱っていたことがあり、烏龍茶(<ウーロンチャ)の名は、烏の羽のように黒い茶葉の色と龍のように曲がりくねった茶葉の形に由来するというのが頭にインプットされている。

  烏の英名は[crow]。実はその昔初めて口にしたバーボンが「オールド・クロウ」という名称で、ラベルにカラスの絵が描かれていたことから、てっきりカラスのことだと思い込んでいた。
人の名前と知ったのはつい最近の話。スコットランド出身の創業者ジェイムズ・クロウ氏の名に因んだもので、医者であり科学者でもあった彼は科学の知識をバーボンの製造に持ち込み、現代では一般的になったサワーマッシュ方式を採用して、その後のバーボン製造技術に多大な貢献をした人と伝えられている。
イギリスの倫敦塔ではオオガラスが大切にされている歴史もあり、北欧神話では最高神オーディンの両肩にとまる二羽のオオガラスが世界中の出来事を見聞して報告することになっている。北欧では何でも知っていることを「オオガラスの知恵」というのだとか?
ボトルに留まる烏はそんなクロウ氏の偉大な知恵を象徴しているのかもしれない。
このバーボン、俳優の松田優作さんが生前行きつけのバーでボトルキープし、愛飲していたことで知られている。おそらくこだわりがあったのだろう。遺作となった映画「ブラック・レイン」の佐藤のごとく野性味あふれたキレのよいお酒だ。ワイルド・ターキーでもI・W・ハーパーでもなく、「オールド・クロウ」というところがいかにも優作さんらしいと唸らせるエピソードだ。

  <また、お酒の話?!>と呆れられないうちに話を戻そう。
れっきとしたトリなのに横線のない「烏(からす)」は漢和辞典では部首の鳥へんには入れない。火へんに出てくる。
中国には古来より「金烏玉兎(きんうぎょくと)」という思想があった。金烏は太陽に棲むとも太陽の化身とも言われる三本足の金の烏であり、太陽を象徴する霊鳥。玉兎はつきに棲むとも言われるウサギで、月を象徴する。このように烏は陽鳥で陰陽思想によって陽の数である三足となったようだ。
また、この三足の烏は九尾の狐とともに西王母(せいおうぼ)の眷属として壁画等に描かれている。
西王母=不老不死の王母桃を管理する最高天女
  日本では熊野の神々の使いとされ、記紀にも登場するのが「八咫烏(やたがらす)」。
現在ではJFA(日本サッカー協会)のシンボルマークと言えば、ピンとくる人が多かろう。
「八咫烏」も今ではほとんど3本足で描かれている。日本神話においても太陽と関わりの深かったカラスが陰陽五行思想と習合したと考えられている。
世界の神話や伝説を見回してもカラスと太陽を結びつけるものが数多くあるのは、太陽の黒点=カラスという説が有力らしい。
「黒点説」については和歌山が生んだ博物学者、南方熊楠の文献にもあり、カラスが「暁を告げる鳥」という理由を挙げている。柴田敏隆先生の『カラスの早起き、スズメの寝坊』によると意外にもスズメはお寝坊さんで、カラスは日の出40分程前に活動を開始する早起きの鳥なのだという。
これを聞くと、
高杉晋作の作と伝わる「三千世界のからすを殺し ぬしと朝寝がしてみたい」という粋な俗曲の意味も理解できようというものだ。

  それにしても毎日パソコンに送り続けられる低俗な迷惑メールの“駆除”にはうんざりしている。品性の欠片もない言葉が氾濫し、淫らな映像が垂れ流しされる時代であればなお更、こんな壮大なスケールでなおかつ知的な口説き方をされたら、女性なら誰しも胸をときめかさずにはいられないだろう。いったい、粋な「日本人の遊び心」はどこへ行ってしまったのだろうか?

  さて、からすは神格化される一方で「黒」という色やあの声のイメージ、また雑食で肉も食するという習性から、不吉なことを連想させる鳥でもあった。
屋根の上で「カア〜カア〜」と鳴いたと言っては死者が出ると気味悪がられ、雛のいる巣を守るためにとった行動が、何もしていない人間を威嚇したとか、目があって追いかけられたと怖れられる。
カラスのダーティーなイメージはこんな人たちの代名詞にもなった。
眠らない街札幌の歓楽街「すすきの」では、地下鉄すすきの駅や夜のススキノに出没し女性に声をかける黒服に身を包んだ風俗店のスカウトマンのことを「カラス族」と呼ぶようになった。「ススキノ条例」で取り締まることになったものの、一向に影を潜める気配はない。名前を借りられたカラスが迷惑というものだ。カラスばかりではない。鳥類の分類上、スズメ目−カラス科−カラス亜目−カラス族に属する正真正銘の「カラス族」、カケス類、カササギ類、ホシガラス類といった鳥たちも可哀想ではないか!NO.97に続く
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