迷いの窓NO.92
赤い靴
2006.2.2
  赤にまつわる思い出はもっと幼い頃にもあった。
お墓参りで父の里へ行ったとき、祖父に呼ばれて座敷へ入ってみると、床の間にはそれぞれ赤とピンクのドレスを着た金髪のお人形が並んでいた。お人形は寝かせたり起こしたりすると青い眼がぱちぱちと瞬きをし、手足も動かせるようになっていて、自分と一緒にお散歩ができそうなぐらい大きく見えた。
祖父は私に「どちらが欲しい?」と尋ねた。二体のうち一体は孫の私に、もう一体は自分の娘(父の妹)にあげるというのだ。<どちらか一つを選ばせるなんて酷だ!>と私は子供心に思った。沈黙が流れ、葛藤が続いた。
<どうしよう?ピンクの子を選んだら赤いドレスの子が可哀想。でも赤は選べない。>
祖父がいつまでも選ぶことのできない孫に怪訝な表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。
<どっちでもいい>と呟いていたかもしれない。
私はいよいよ追い詰められていた。次に考えたことは父の妹がどちらを選ぶかということだった。<はっきりした性格の人だから、赤に決まっている。>と私は思った。そして納得させたのだ。<○○おばちゃんが赤いドレスの子が好きだから、かおりはピンクの子を選ぶのだ。>と。

  このお人形といつも重なるのが童謡の『赤い靴』である。
異人さんに連れられていったはずの女の子には実在のモデルがいた。清水市生まれのきみちゃん。3歳の時に宣教師の養子になって異国へ渡るはずだったきみちゃんは結核を患い、わずか9歳でその生涯を閉じる。つまり船には乗らなかったのだ。「青い目になっちゃって異人さんのお国にいるんだろう」という歌詞は野口有情が薄幸な少女へ送った鎮魂歌と思えば哀しいが、異国できみちゃんが生きているという希望を込めた優しい名曲だ。

  人が赤を嫌いになる理由には他にもある。
片岡球子画伯のように「落選の赤」としてコンプレックスを象徴する色となることや火に恐怖体験があるというようなことだ。
以前この『窓』にも書いたが、父方の先祖には火消し(消防組の組頭)の存在がある。
もしかしたら赤を拒絶するのは火消しの先祖の血脈も?と不意に閃いた。

  苦手な色ということから、否定的な面ばかり強調してしまったようだが、日ノ本の国に生まれた日本人にとって赤は作物を成長させてくれる恵みであり、信仰の対象となる“太陽の色”である。
赤の語源もアはアレ(現)のア、カはカガヤク(輝)のカであり、太陽が現れて輝くことへの感嘆する声であったと言う説や、「夜が明ける」の意味でアクから生じた語ともいう。

  陰陽五行説では文字通り火をつかさどる五元素の一つ。(詳しくは『法衣の色』参照)
赤は長い間魔よけの色として使われてきた。今でこそ風水が盛んにもてはやされているようだが、風水は元々墓地の吉凶を選定するもので、陰陽五行に拠る。日本に現存する巨大な墳墓はすべて風水思想によるものだ。
それは単なる方位や家相を占うのではなく、人間の体という小宇宙の気と自然環境の気を合一することにより人体の健康と長寿、運命上の開拓を保証するという東洋思想や哲学を結集したスケールの大きな学問であったことがわかる。
赤の遺伝子細胞だけは人間にプログラミングされていて、人は赤に反応する仕組みになっているという。アニミズム思想のあった日本では本能的にこの色を体得しつつ、さらに中国から伝えられた知恵で古くから生活に活かしてきた。
鳥居の赤、化粧の赤、漁師が鱶(大きなサメ)よけに身に着けた赤ふんどし、どれも災厄から生命を守る色だった。

  色彩心理学的な観点からすると、自分が好きで執着する色は実は自分に足りない色であるケースもあるという。逆に、敬遠していた色が思わぬラッキーカラーだったりするのだそうだ。
好きな色と似合う色が違うということもある。
青が好きな人は、本当は赤の似合う人かもしれない。
「私と赤」を解く鍵がそこにあるのかもしれない。

  そんなことを考えていたら、あちらから輝く太陽がやってきた。
「元始女性は実に太陽であった。私どもは隠されてしまった太陽を今やとりもどさねばならぬ。」とは「青踏」を創刊した平塚らいてふ女史の有名な一節であったが、そんな方を彷彿させる女性、「サンサンてるよ様」。
先ごろ大阪高級葬儀社の久世栄三郎氏にご縁をいただいたばかりだ。
久世氏の夢をヒントに創作されたといわれる「究極のサービス−病院編−」をはじめとする創作落語の世界、人を健康にする笑いのパワー、笑いの原点、人呼んで“SUNSUNパワー”を浴びたいか方は、近く『独り言』でご紹介があるはず。乞うご期待!!!
水冠が「水」なら、あちらは燦燦と輝く太陽「火」を象徴するお方。
私達を結びつけて下さった久世栄三郎という方の計り知れぬ不可思議なパワーを再認識させられた思いがする。
そして、これはまたとないチャンスであると思う。
人は時に補色で、またある時は同系色でパワーを強大にすることができるからだ。

  これは水引細工を通して学んだことでもある。好きな色の水引糸ばかり用いていると、作品はぼやけた印象になりがちなのだ。自分が苦手をとする色が一色入ることで、不思議なほど作品全体が生き生きしてくるのである。

  有難いことに大阪からはパンチの利いた太陽のレッドパワー、遥かベルギーからはバイタリティーや知恵が結びついた八重山吹の花のようなイエローパワー、南国からは空や海にとけ込む優しい風の色や人を幸福に導く癒しの色が心のパレットに集合を始めたようだ。

  さあ、あなたもこの機会にご自分を知り、色のパワーを生活に取り入れてみては如何だろうか?きっと生命力を高め、精神的なバランスを保ってくれるに違いない。
そして私は・・・自分の知らないもう一人の自分を、どこかに置き忘れてきた「赤い靴」を探す旅に出よう!


<参考>『色の名前で読み解く日本史』中江克己著(青春出版社)
            『風水でつくられた日本列島の秘密』田口真堂著(河出書房新社)
            『絵のない絵本』アンデルセン著、山野辺五十鈴訳(集英社文庫)
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