NO9
憧れの方
2003.10.31
  大切な人を失った喪失感や悲しみの色は、少し時を経てから深まるものかもしれない。

  9月下旬のある日、一つの訃報がテレビのニュースから流れてきた。
銀座の老舗バー「ギルビーA」の100歳で現役のマダムとして知られた、有馬秀子さんの急逝である。
お会いしたことこそなかったが、TVや雑誌などで紹介されて、「私もこのように年を重ねたい。」と密かに目標にしていた憧れの方であった。

  深窓のお嬢様が裕福な家庭の奥様になられ、戦後まもなく45歳で一念発起、東京の五反田で喫茶店を開店されたのを契機に、3年後には銀座に移転し、バー「ギルビーA」が誕生する。
生涯現役のマダムとしてお店に立ち、新入社員から社長に出世するお客様を見守ってこられ、後に政財界で活躍された方も多いと雑誌サライは語る。
「いずれ出世する殿方はお酒の召し上がり方で分かる」という。
何とも含蓄のあるお言葉ではないか!耳の痛い殿方もいらっしゃるのでは?

  そのマダムがお店の女の子に日頃から、「美しい言葉遣いやお行儀の良さは、どんな最新のファッションよりも女性を美しく見せる。」と言われていたそうである。
これは何も女性に限ったことではない。TPOというのは常に重要である。
言葉遣いで最近とみに気になることは、相手の立場に関係なく友達言葉で話す若者が多いことである。  例えば仕事上の後輩であっても、年長の人に対しては人生の先輩として礼儀を尽くすべきであろう。
若者ばかりではない。話をするとその人の人格が見えてくる。
ビジネス上のステージが高くなると、何か人間としての格が上がったかの如くに勘違いしてしまう人が、巷間にあふれているのは嘆かわしい。
どのような相手とも礼節を以って話をし、こちらが恐縮するぐらいの気持ちを抱かせることが出来る人が、真の人格者と言えるのだろう。
したが、その前に自分がそのように接していただけるように、分をわきまえなければならないと自身に言い聞かせているのである。
人間というものは、やはり自分のことが一番分かっていないのかもしれない。
反省の日々である。

  マダムがお客様に感謝の気持ちで綴った手紙が、「手紙とはこう書くべき」と今もお手本になっている会社があると聞く。心から発せられた言葉は何よりも人を感動させるものである。
  マダムは自身が身につけた「躾」から直感的に人格者たる資質を備えた殿方を感じとっていたのだろう。教養のあるマダムから教えられることの多いお客様もいらしたはず。
人生の指南役であり、礼節の大切さを身をもって教えて下さった、厳しいけれど優しいマダムの死は惜しまれる。
また100歳という御歳まで現役を全うされた生き方に、励まさせた高齢者がどれほど多かったかを考えると残念でならない。
「形は残らずとも、お客様がご自分の人生の中でギルビーAを思い出してくださることが私の宝。」とおっしゃっていたマダム。
決して忘れられることはないと思います。交流のあった人ばかりではなく、あなたを知ったすべての人から・・・。

  今は蓮の華に生まれし人となりしか、憧れのマダムに謹んで哀悼の意を表したい。
そして、魂のかけらなりとも継承できる我が身になりたいと切に願いながら、自身への戒めを忘れまい。
迷いの窓トップへ メール