迷いの窓NO.72
月の神秘
2005.7.31
  函館はお盆(盂蘭盆会)も七夕も7月である。
北海道ではほとんどの地域が月遅れのお盆なのに、何故かここだけは違う。
これは葬送儀礼にも顕著で、函館では火葬してからの通夜、告別式なのである。

  七夕には昔から子供達が浴衣姿に提灯を下げ
「♪竹に短冊  七夕まつり  おおいやいやよ(現:大いに祝おう)  ロウソク1本ちょうだいな♪」
と歌いながら、ロウソクをもらいに近所の家々を回ったものだ。
この「ロウソクもらい」の習慣は月こそ違え、北海道に広く伝わる行事となっている。
私が幼い頃は「ロウソク1本ちょうだいな」の後に「ださねばひっかくぞ。おまけにかっちゃくぞ。」と続く。子供心にも理不尽で乱暴な歌詞だと思ったことを記憶している。
一説には箱館で松前藩時代に行われていた「ねぶた」の大きな行灯を引く時の「はやし歌」に由来し、当時大量にロウソクが必要であったため、子供達がロウソク集めの役を担っていたという。
現在ではロウソクの替わりにお菓子をもらう風習となった。
少子化で子供の声を聞くことすら少なくなった昨今、ご近所とのコミュニケーションを大切にし、大人が子供達に行事の謂れや礼節を教えるという意味で、いつまでも残してもらいたい風習だと思っている。
こうして7月の声を聞くとスーパーの店頭には七夕飾りと一緒に大きな袋入りの菓子が山積になるのだ。

  日本トータライフ協会のメンバーであられる杉田氏の「癒しの扉」を開けると、東京の7月のお盆(13〜15日)の思い出が綴られていた。手作りのお饅頭や手打ちうどん、忘れ難い砂糖を入れた冷たい麦茶の味とともに先祖を供養する本来の日本のお盆の姿を垣間見た思いがした。
現在は全国的にお盆は13日から16日まで、月遅れの8月のお盆というのが一般的になっている。学校の夏休みが重なるという現代の事情に即した面もあるのだろう。

  ここでちょっと暦のことを整理してみたい。
日本は1872年(明治5年)に改暦されて太陽暦になるまで「太陰太陽暦」を使っていた。
現在旧暦(陰暦)と呼んでいるのがこれにあたる。
イスラム世界で今も使われているのは純然たる太陰暦であり、日本とは異なる。
ややこしいところは日本の行事が新暦や月遅れ、または旧暦で行われることである。
新暦の七夕を例に挙げると、本州では梅雨の真っ只中で季節感がズレてしまうこともある。
お盆も新暦、月遅れ、旧暦に分かれ、沖縄では旧暦で行われると聞く。

  函館では七日盆といって7月7日からお盆に入る。
ロウソクもらいの「ねぶた」と関係するらしい。東北地方の「ねぶた」は現在は新暦の8月の行事だが、元来は7月の七日(ナヌカビ)1日から7日に行われていた。
「ねぶた」の由来は「ねぶたい(眠い)」から来る「睡魔」のこと。秋を控えて労働の妨げとなる眠気を防ぐために、盆に先立って大きな作り物で歩き、睡魔を村外に放流する行事だったという。
そう考えると、あの“はやし歌”の訳も理解できるような気がする。
睡眠は五行では水気。だから祭りは火の祭典なのだ。ねぶたの灯篭に描かれる武者の目元が張り裂けんばかりに大きく目を見開かれているのもそのためである。
中国から伝わった七夕も日本の「ねぶた」と融合して新しい七夕のスタイルとなったのだろう。
従ってスーパーには七夕とお盆用品がほとんど同時に並ぶことになる。
函館は浄土真宗も多いが、曹洞宗の多い土地柄。
今では家庭でもあまり作らなくなった積団子のパック入りが落雁を押しのけて、ワゴンのかなりのスペースを占めている。

  お盆が終わると今度は鰻一色である。こちらは旧暦でなければ説明がつかない。
現代は行事を五感で感じるよりも、活発な経済活動の恩恵と言うべきか、早々に店頭やテレビで宣伝されて直接視覚から刺激を受け、嫌でも今年の土用の丑の日が7月28日とインプットされてしまう。
これが功を奏してか、結局のところ確かな意味も解からずに<食べなければいけない>という強迫観念にまで波及しそうな勢いである。
しかし、四季に配置される土用のうち、夏の土用に鰻を食べることには歴とした理由があり、先人の知恵には畏れ入るしかないが、旧暦は人間の生活のリズムを考える上で理に適っていたと言える。
沖縄では今も旧暦で生活をしている人が多く、人はそれを「癒しの時間」と呼ぶそうである。
(NO.73に続く)


太陰太陽暦 (日本の旧暦または陰暦)
朔(新月)と含む日を1日とし、次の朔までを1ヶ月とする。
月の公轉周期は29.53日となり太陽年より1年で10.88日ほど足りなくなる。
日本の場合このままでは四季がズレてしまうので、3年に一度潤月を入れて1年を13ヶ月とし、同期を行ったもの。
この閏月を入れるための目安として考えられたのが二十四節気である。
   
土用の丑の日












土用とは五行思想に基づく季節の分類の一つで、各季節の終わりの18日間のこと。1年の五行循環を木=春、火=夏、金=秋、水=冬の四季に配当し、各気の中間に置いたのが土気(土用)である。ちなみに寅の月が1月であることから干支に当てはめると辰(3月)未(6月)戌(9月)丑(12月)。
旧暦6月は火気の中の土用(土気)ですこぶる強烈。
火気を抑制するには水、水気の丑を日に取って丑日とし、さらに牛肉(丑)を摂れば最高だが、明治以前には農耕上の聖獣で食肉は禁忌。
鰻はウに通じ水中の生物で、その色は水気の象徴である黒。万葉の昔から夏痩せによしとされた鰻は水克火の呪物として最適であった。
こうして激しい火気によって強められている土用土気を中和し、陰陽のバランスをとることで病や災禍を避けたのである。
以上は吉野裕子先生の説であるが、「土用の丑の日」を解明する上で最も有力な鍵であることは間違いない。(参考:『五行循環』人文書院)

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