NO7
続・作法の心
2003.10.10
  私はよくよく、ダンディーな方とご縁があるらしい。
弓馬術礼法小笠原流三十一世宗家 小笠原清忠氏もその中のお一人である。
しかも、静かなたたずまいの中にオーラを感じさせる。
それは、あの弓を射るときの張り詰めた空気であり、凛とした趣は能舞台をも彷彿とさせる。

  礼法のお話は何ページあっても足りないのだが、続編としてご紹介したいことがある。
本や扇、はさみや小刀がそうであるように、物にはすべて決まった扱いがある。香十徳の掛け軸
「目から鱗」と思った最たるものは、掛物の扱いである。

  掛け軸といえば、仏教の葬儀式では祭壇の正面に掛けられる重要なものの一つである。
天台宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、融通念仏宗の六字名号(ろくじみょうごう)「南無阿弥陀仏」、日蓮宗の御曼荼羅に鬚文字で書かれた「南無妙法蓮華経」、禅宗の「南無釈迦牟尼仏」、真言宗の「南無大師遍照金剛」等である。

中でも「命終とともにお浄土へ往生し仏となる」と教える浄土真宗においては、ご遺体でなくご本尊に向かってお勤めをするため、六字名号を遠くからでも礼拝が出来るように掛けることに注意が払われる。
また、ご自宅のご葬儀では十三仏のお軸が掛けられることも多く、由緒ある寺院の掛け軸ともなれば、茶入れの仕覆(しふく)を扱うように一層の慎重を極めなければならない。  このような時、掛物の扱いの知識があればきっと役立つに違いない。

  掛け軸を持って部屋へ入るところから、床の間に掛け、拝見をし、外して片付けに至るまでの静かに流れるような一連の所作は、何度目の当たりにしても敬服の念さえ覚える。
お軸の紐の結び方には、真・行・草があり、通常一幅の場合は「草」の結び方をする。
三幅の場合には中位(真)、向かって右の客位(行)、向かって左の主位(草)と定められている。
結び方を見ただけで掛物の位置が判断できてしまうなど、これはゆかしくも究極の知恵である。

  小笠原流礼法は古来より口伝であるため、稽古中に筆記することは許されない。
今でこそ「和のマナー」という3巻の基本編ビデオは発売されているが、あくまでも自己啓発用に制作されたものであることをご理解願いたい。
掛け軸の扱いを本ページでビジュアルにお見せできぬのは何とも残念なことであるが、情報化時代にあっても「口伝」というものは生き続けているのである。

  世の中はマニュアル化が進んでいるが、ファーストフード店の語尾上げの応対に、ここちよさを感じる人はおそらくいないだろう。
同じマニュアルを使っても、心の表し方で雲泥の差ができる。
それは自分が体得していくことで、誰かが教えられるものではないのである。
「マニュアルさえあれば」と思う人は結局、人に感動を与えることは出来ない。

  掛け軸は仕事柄いつも身近にあったが、作法を知ると日常がにわかに美しく輝き始めた。
これは四角い窓から一歩外へ出た証かな?と自身では思っている。
「求めよさらば与えられん」ではないが、意外にも気付かぬところに物事の真理は潜んでいるのかも知れない。

  機会があれば是非、掛け軸の「草」の結び方だけでも習得されることをお勧めしたい。
但し、マニュアル本は無いのであしからず。
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