迷いの窓NO.69
紳士道U
2005.6.18
 明日は父の日。
この時季、一連の“クール・ビズ”の動きはネクタイ業界には大打撃であったろう。
機会がなくなったとはいえ、私にとってネクタイのセレクトは一つの趣味と言ってもよい。
アスコットタイも好きなのだが、日本人でさりげなくお洒落に着こなしている人には滅多にお目に掛からない。
たまに老紳士で「!」と思わせるような人とすれ違うと、そのトータルコーディネートは目を見張るものがあり、アスコットが似合うのはやはり紳士の美学を兼ね備えた人生の達人といった風格がある。

  ニュースキャスターやアナウンサー、また政治討論の番組でストライプ柄のネクタイをしている人をよく見かける。色合いやコーディネートによっては好感度UPにもつながるようだ。
このストライプ柄、本来は英国陸軍の連隊によって色柄が決められていたので「レジメンタルストライプ」と呼ばれた。つまり、ネクタイを見ればどこの連隊の所属か一目瞭然という訳だ。
ストライプ柄は自分から見て左上から右下へ流れているのが一般的である。
これは男性の上着の前合わせが右前になっていることと係わりがある。
日本の着物と同様に右利きには剣が抜きやすいという理由で上着が右前になり、縞の流れも見た目の美しさからそれに準じている。

  しかし、アメリカ流では逆になっている場合がある。これは「イギリスの末裔ではない。新しい世界を造る人種である。」というスピリットの表れであるという。
にも拘らず、普段アメリカ縞のネクタイを愛用している大統領でさえ、英国訪問の折にはイギリス縞のネクタイを締めるという服装のルールを遵守しているというのが、いかにもジェントルマン教育が進んでいるアメリカらしい。
アメリカ映画や米国の要人がテレビに登場する際に、ストライプがどちら向きに流れているか確認してみるのも一興かもしれない。
プレーンノットの場合は結び目の下にディンプル(えくぼ)をつけるのも忘れずに!

  ちなみに若い方のために着こなしの三大原則をご紹介しておこう。
@ダブルの上着は前ボタンをはずさない。
A開襟シャツやボタンダウンから(また如何なる場合も)下着を見せてはいけない。
Bスーツ着用時にスクールソックス(白ソックス)は履かない。

  そもそも日本には粋の心を重んじる風流人が多かった。
粋を芸術にまで高めてきたのである。
その最たるものが、男性の“額裏”という羽織の裏ではなかったか!と私は思う。
花鳥風月をはじめ、意匠を凝らした絵柄や構図は正しく“隠された一幅の絵”。
奈良の當麻寺の近くに『どん文庫油喜額裏美術館』があるので、ご興味がある方は一見の価値がある。見えないところで趣味を競う、日本のダンディズムを象徴している。
石津氏は最後まで「本当に紳士的に振舞うにはスピリットが必要。」と説き、「葬式無用。戒名不用。」という遺言を残し、その身は尊い意思により献体された。
そう、いつかこのコラムでご紹介した、紳士道を貫いた昭和の快男児、白洲次郎氏と同じ遺言であった。
文献はあたっていないが、おそらく石津氏は彼を意識していたであろう。
日本で初めてシーンズとTシャツを着た人と言われるダンディーな白洲氏は石津謙介氏の憧れであったに違いない。

  先頃、映画『Shall We Dance?』を観てきた。
同名の邦画のリメイクだが、ちょっと日本にはないシチュエーションがあった。
プロローグは仕事以外に趣味のない主人公の誕生日のひとこま。
妻は「箱に入るプレゼントが見つからなかったわ。」と夫に語りかける。
物語が展開し、夢中になれるボールルームダンスに巡り合った夫をあるダンスパーティーに送り出す終盤では、ダンスシューズの箱に「ようやく箱に入るものを見つけたわ。」というメーッセージが添えられ、パーティー用の衣装が揃えられていた。
パーティー会場に現れない彼。観客の私はずいぶん焦らされてハラハラさせられる。
彼が向かったのは妻の勤め先であった。
1本の真紅の薔薇を手にタキシード姿でエスカレーターを上ってくるリチャード・ギアは素敵だった。
「どうして?」という表情の妻に、彼は「ダンスにはパートナーが必要だろう?僕のパートナーは生涯君だよ。」と愛を告げる感動的なクライマックス。

  タキシードと薔薇が似合わなくても、粋の心を「人生の額裏」に垣間見ることができるような素敵な紳士に出逢いたいものだ。女性なら誰しもが思うことではなかろうか?

  今夜はハードボイルド調にビリー・ホリデイを愛したマルとマクリーンの演奏による「Left Alone」でも聴きながら、来夢の余韻に朝までひたることにしよう。



追記:昨日『独り言』のえにしから親交を深めることになった九州のhayu様の掲示板を覗いてみると、同様に久世栄三郎氏のご縁で訪問が日課となっている『出たとこ勝@負ログ』の発信者、山口博行氏の書き込みがあった。「クール・ビズ」という言葉の粋な使い方を発見!ブログの内容には美術館さながらの“額裏”を見ることができる。是非ご訪問を!
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