迷いの窓NO.55
杖は杖でも(前編)
2005.2.20
  はじめに、前号の「こころの色」の文中において「錫杖(しゃくじょう)」と書くべきところを「錫丈」と表記してしまった。単純な変換間違いなので、お詫びし訂正させていただく。
  錫杖は、観音様やお地蔵さんの持物(じもつ)としてよく見られ、人々を救うために諸国を遊行することを意味する。
時折、僧と思しき人が橋の袂や繁華街の交差点付近で経文を唱えながら、シャカシャカシャカと錫杖を振って乞食行をしている姿を見かける。
その様子を見ると、私にはどうも“エセ?”のように思えてならないのだが・・・。
昨年の夏、函館で開催された「よさこいソーラン祭り」で、あるチームの男性の踊り手数名が錫杖を巧みに扱って勇壮な踊りの演出に一役買っていた。
それは目を奪われるほど素晴らしく、こんな使われ方もあるのだと感心してしまった。

  この錫杖、そもそもは蛇や毒虫を追うのが目的の僧具であった。
払子が蝿や蚊を払おうとしたのと同様である。
殺生を避けるため音で追い払おうとしたものであろうが、相手が相手だから応戦することもあったろう。音を出すところから「有声杖」とも呼ばれる。
もちろん病気や老いの僧の身を支える杖の役目や、乞食する時に信者の家の前で振ることもある。
錫杖の短いものは「手錫杖」と呼び、主に天台宗や真言宗において法会等にこれを振りながら梵唄を唱える。
  錫杖は比丘十八物(びくじゅうはつもつ)(大乗仏教で規定された修行僧の携帯必需品)の一つに数えられている。他には楊枝、操豆(そうず)(洗濯用の豆の粉)、三衣、(びょう)、鉢(食器)、坐具(拝礼用の敷物)、香炉、漉水嚢(ろくすいのう)(水を漉すもの)、手巾(手ぬぐい)、刀子(とうす)(刃物)、鑷子(にょうす)(毛抜き)、火燧(かすい)(火打ち石)、縄床(じょうしょう)(椅子)、経、律、仏像、菩薩像である。
 比丘十八物の中の「楊枝」はインドの「歯木(しもく)」と同義である。
そんなところから今日は歯のお話をしよう。
歯木とは長さ10cm程、小指の太さの蔦蔓などを材とした木で、起床するとこれを噛んで歯や舌を清めていたそうだ。
仏法の中には口腔内を清掃する五つの功徳というものが説かれている。
1.口臭を防ぐ、2.熱を除く、3.味が良くなる、4.食が進む、5.眼が良くなる
単に衛生上の問題に留まらず、広く健康上の利益として捉えられいることが注目される。
道元禅師の著わした「正法眼蔵」にも歯磨きの所作が詳しく書かれ、起床してから最初に行う修行は、悟りの道の原点であったとも言える。

  歯といえば私はかれこれもう1年以上も歯の治療へ通っている。
歯科はほとんどが予約診療。
かつて予定が立たない葬儀という仕事に従事していたため通院できなかったという事情もあるが、避けてきた最大の理由はあの神経に障る音と、麻酔注射の痛みが耐え難いことである。
虫歯というより歯の噛み合わせが悪くなって顎がカクカクと音を立て、嫌な感触があった。
追い討ちをかけるように「ある朝、突然口が開かなくなるのよ。」と知人から“顎関節症”という病気の経験談を聞かされ、恐怖に慄き、意を決して通院することに・・・。

そういう訳で歯科院を探す。歯科というのは治療の方法が千差万別。
保険の範囲、保険外治療というのも分かりにくく、はっきり言えば初診の段階で経済状態を申告するような感さえある。

  噛み合わせが悪くなったのは若い時に詰めたり、被せたりという治療を施したものが歳月と共に擦り減ってきたこと。
それにはもちろん食べる時に偏った噛み方をしている生活習慣もあるらしい。
小さい虫歯も見つかった。歯石も気になっていた。
不思議なもので治療が始まると、歯の方が「待ってました!」とばかりに、次々と赤信号を点滅し始めた。一つ治したら次というように悪いところが見つかって、その度に私はあの嫌な音を聞かねばならなかった。
イヤホンで環境音楽でも聴かせてもらえないかしら?といつも思ってしまう。
時にはタオルで目隠しをされるので、聴覚が一層研ぎ澄まされるような気がする。
一度などは麻酔の注射の際に何か嫌な音がする。
不安になって「先生、この音は?」と訊いたら、ちょっとした「?」の間の後、「ああ、この注射器は電動式なんですよ。」と返ってきた。
また、先生が使用するゴム手袋の臭いが気になったり、椅子を水平に倒されてしまうと気分が悪くなりそうだった。
私が神経質なだけだろうか?でも、歯科治療が好きな人も珍しいだろう。

  もともと歯茎が弱い性質である。
食後必ず磨いているけれども、私は普通の人より歯のアーチが狭いので磨くのに我慢とより高度なテクニックが要求されるらしいのだ。
一年がかりでようやく治療が終わってほっとしたのも束の間。
再び治療した歯が痛み出した。(NO.56に続く
          
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