迷いの窓NO.47
夢のかたち
2004.12.1
  2004年12月1日、大阪高級葬儀株式会社の新社屋「ヒューマン・ライフ・ギャラリー・Scene(シーン)」が歴史の扉を開いた。
「シーン」とはギリシャ語で天幕、舞台、情景などを意味する言葉。
同社の社長、久世栄三郎氏のご愛息であり、後継者であられる久世雅樹氏の命名と伺った。
ギリシャと言えば、今年は108年ぶりに発祥の地ギリシャのアテネでオリンピックが開催された年。
2004年のオープンは日本の葬送史に新たなページを開くに相応しい年であり、命名である。
葬儀は人が生きた証を、生かされたわけを、愛した真実を演出してさしあげる「人生最後の舞台」とも言える。
葬儀式場を持たない多目的ホールを兼ね備えた新社屋。
このような発想ができるのも同社ならではのことだが、この異質の発信基地から、その舞台は命を与えられるのだ。

  同社は「愛と癒しと慰め」の理念のもとに、ソフトとノウハウを蓄積され、多くの人財を育み、名実共に「悲しみのプロ」たちが集う葬儀社として成長を遂げてこられた。
何処にも誰にも真似の出来ない真心のサービスは、人の心に寄り添うような数珠つなぎの言葉と司式によって神変させる空間演出、「慈曲」という究極の癒しの音楽で多くの御魂を送られ、「命の伝達」となって実を結ばれた。
時には「星」をプレゼントして差し上げることも・・・。次元が違うのだ!
常にお客様の立場に立ち、「送る心」を大切に同社が目指してきた新しい葬儀の「かたち」は、どれほど多くの方々の悲しみに沈むお心を救ってこられたことか、想像するに余りある。
「かたち」はあくまでも心を表すもの。
同じソフトを使っても、同じ「かたち」には到底ならないのである。

  日本の葬祭の歴史においては、葬儀社や葬儀に携わる者が賤視される時代が長く続いてきた。
同社は志を同じくし、全国に点在する葬儀社が組織する「日本トータライフ協会」の要となりながら、そのたゆまぬ努力とホスピタリ―精神で、これをみごとに払拭したと言えるであろう。
「日本の葬儀を変えたい!」久世栄三郎氏をここまで突き動かすものは何か?
自ら司会のマイクを握り、プロデュースを手がけられる「ホテル葬」の発想は、業界に異端児扱いされた時代もある。
しかし、やがて一大センセーショナルを巻き起こし、ご体験された方々の中から圧倒的な支持と絶賛を浴びるや、いまや業界に知らぬ者はいない。

  長年に渡り蓄積されたものでありながら、同業他社や葬儀司会者へのノウハウの共有を厭わず、望まれれば「隠れ家」にもご招待し、自ら司会のレッスンをされる。
お忙しい合間を縫って全国でのご講演も数知れない。
そのお姿は正に「葬送の世直し旅」と言えるかもしれない。
そこには「自利」はない。どこまでもお客様のためという「利他」の精神が流れるのみだ。
求める人には与え、一人でも多くの人の悲しみを救い上げようという御仏のようなお心なのだ。
それ故、人は彼を「現世の釈迦」と呼ぶ。

  全国にファンの多いお釈迦様が毎日発信されるコラム「独り言」が、今月9日1000号を迎えられる。
奇しくも前日の12月8日は仏教の世界では「臘八(ろうはつ)」に当たる。
臘は12月の異名である。
この日は宗派を問わず、釈迦がお悟りを開かれた日として「成道会」が行われるのである。
禅宗で「臘八大接心(ろうはつおおぜっしん)」とは、釈迦が6年間に及ぶ苦行林での過酷な修行での無意味さを知り、菩提樹下に坐禅を組んで一週間、12月8日の朝、明けの明星を見て大悟された因縁に基づき、 12月1日から8日の鶏鳴までを一日とみなして、一週間横臥せず、ひたすら坐禅に精勤する修行期間のことである。
数ある大接心と呼ばれる修行のうちでも「臘八」は別名「雲水命取りの大接心」とも呼ばれる。

毎日発信しても1000号には3年近い歳月を要するのだから、葬送という仕事に携わりながらの執筆は「命取りの苦行」に匹敵するものがあろう。
葬祭サービスに対する使命感ともいえる情熱なしには、成し遂げられない偉業である。
「独り言」は文字通りの「独り言」に留まらず、これからも同じ業界に携わる人達の指針となり、後世に残る優しいメモリアルとなることだろう。

  人の死がある限り、悲しみは消えない。
“高級”の名は「心の高級」。
次世代に確実に意志を受け継がれながら、日本の葬送史に恒久に名を刻むことは間違いない。
創儀者たちの「夢のかたち」を実現する「Scene(シーン)」が、進化を遂げながら永遠に演出され続けることを、そして多くの御魂がそこでもうひとたび命を輝かせることを、「縁」に感謝しつつ、心から祈念、合掌申し上げる。
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