迷いの窓NO.46
白い妖精
2004.10.23
  北海道ではこの秋一番の強い寒気が入り込み、山に初冠雪、平地にも初雪の便りが届いた。
ここ道南の函館に雪が舞い降りる日も間近である。
北国には「雪虫」と呼ばれるかわいい初雪の使者がいる。
今年初めて彼女たちが飛ぶ姿を見たのは、10月4日のことであった。
例年なら、それから2〜3週間のうちに雪とご対面ということになる。
子供の頃から初冬を告げる風物詩として見慣れてきたはずの雪虫であるが、今年はゆっくりと観察することができた。

  白い綿毛を抱え、しかも飛び方が変わっていて雪のように見えることから、北国では「雪虫」という俗称が定着しているが、正式な名称は「トドノネオオワタムシ」という。
実はアブラムシの仲間で、イメージに似合わず害虫である。
晩秋に姿が見られるのは、夏の間トドマツで世代を重ねた彼女らが産卵のためにヤダチモの木に住処を移す習性があるからで、この世代には有翅形の雌しかいない。
よく見ると、手足は美しい青みを帯びて白い綿毛を一層引き立たせ、純白のドレスをまとったように見える。  空中に漂って、北風とダンスを踊っているかのような幻想を抱かせる様子は、正に「白い妖精!」
私はこの小さく愛しきものに、いつの間にか目が釘付けになってしまっていた。

  雪虫は地方によって呼び方が異なる。
京都の花街では実在した美人さんになぞらえて「白子屋のお駒はんがおらはりましたえ。」と表現するという、風流な話も耳にした。
井上靖の「しろばんば」も雪虫のことで、伊豆や出雲地方ではこう呼ぶそうである。
おぬゐ婆さんの愛情に包まれて、著者の投影のような洪作少年の成長の過程を自然となつかしい郷愁の中で余すところなく描いているが、「しろばんば」とは白い髪の老婆を連想させる言葉だったようである。
大和の「シラコババ」も同様の意味で、他に「オオワタ」「オナツコロジョ」「オユキコロジョ」「シーラッコ」と呼ぶ地方があるそうだが、読者の皆さんの地方では何と呼ばれているだろうか?
小説の中で子供たちが、夕闇迫る晩秋の中を「しろばんば、しろばんば」と素手でつかもうとしたり、飛び上がったりして追いかけまわす無邪気な情景は今も昔も変わらない。

  函館で親しくなった妹のように可愛い女性は、将来ボランティアで子供に絵本の読み聞かせをしたいという目標をもって、共に朗読の勉強をしている。
お家では飼育が難しい「陸ガメ」を飼っていらして、ご主人は昆虫と言わず、爬虫類・両生類と言わず、すべての生き物について詳しい「動物博士」である。
ある時、朗読の作品の中に「イスカ」という鳥の名前が出てきて、彼女が質問したそうである。
即座に「ああ、嘴が互い違いになった、雀に似た鳥だよ。」と答えて下さる頼もしい先生である。
もちろん、雪虫がアブラムシなんてことは博士には常識である。

  雪虫だって小さい体で命がけの旅をしながら、世代を守ろうとしている。
それなのに、人間は勝手に子供を産んで、虐待した揚げ句、殺してしまうという凄惨な事件が後を絶たない。
アブラムシのような害虫さえも愛しいと思う心があったなら、そんなことができようか?

  若いお二人はこれから世代を重ねていかれるだろうが、子供に童話を読み聞かせたり、虫や鳥の名前を教えてあげたり・・・こんな優しい方たちと接していると、日本にも明るい未来があることを信じたくなってしまう。

  何気なく浮遊しているように見える小さきものの中にも「いのち」があり、次世代にまたその生命を伝達していくことの使命と尊さを教えられた思いで、私は飽くことなく「白い妖精」をいつまでも見つめていた。 


<参考>トドノネオオワタムシ(札幌医科大学生の研究reportより)
 1年の間に何度も世代交代を繰り返し、寄生木であるヤダチモとトドマツの間を移動する。
トドマツの根で7−8世代を重ねる根っこ世代には、アリとの共生生活もある。
晩秋に現れる産生虫までは全てメス。その産生虫が生む有生虫で初めてオスが出現。
オスは食べる口も持たず交尾をして1週間の寿命を終える。
雌雄が結ばれて、メスも一個の卵を残して一生を終える。
越冬した卵は翌春、第1世代となって再び現れる。

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