迷いの窓NO15
希望の音

2004.1.8
  函館の年明けは、一斉に鳴り響く船の汽笛と共に訪れた。
それはいかにも港町らしい風情で、波止場から離れた市内の隅々まで響き渡るその音は、初めて耳にする者にとって、あら玉の年の希望に繋がるような感動さえ覚えた。豪華客船Asuka

  暮れもお正月もない葬儀という仕事に従事していた私が、故郷の北海道でお正月を迎えるのは何年ぶりのことになろうか?
ここ道南で必ず年越しに食べる料理として、「鯨汁」というものがある。
言うなれば、大根、人参、牛蒡をはじめとした根菜やふき、わらび等の山菜、竹輪やしみ豆腐、つきこんにゃくなど十種類以上の食材を使った醤油仕立ての汁の中に薄切りにした鯨を入れて煮込んだもの。
今でこそ捕鯨が禁止され、鯨は高級なものになってしまったが、父は江差の出身、母は函館の人であったので、幼い頃から食べ慣れた特別の日の味は忘れ難い。
暮れともなるとスーパーの店頭にも塩鯨の塊が並ぶ。
鯨汁は大鍋に作って、30日頃からお正月の間毎日煮込みながら食し、最も美味しいと思う頃にはなくなってしまう。時には雑煮風にお餅を入れたりもする。
煮込まれるうちに鯨はとろとろになり、関西でおでんに用いられるコロより軟らかく、ほとんど透明色に近いあめ色になるのだが、わずかに縁の黒い部分が鯨の面影を留めている。
道南だけのポピュラーな食べ物と思っていたら、かつて捕鯨基地として賑わった網走でも食べられていることが、「古里の味」として北海道新聞に掲載されていた。
もしかしたら、北前船が本州との航路を行き来する間に、鯨の取れる港からもたらされた食文化かもしれない。

  さて、路面電車が走る函館の冬の風物詩の一つに数えれられるのが、「ササラ」という名の除雪電車である。ササラ
ササラ?なんて優しい響きなんだろう。
ササラとは昔から中華鍋の清掃用として、或いはタワシのように使われていた台所用品で、竹を細く裂いて束にしたものだそうである。
このササラを利用してブラシ状にしたものを車両の前後に取り付け、早朝から線路に積もった新雪を吹き飛ばす「ササラ電車」の雄姿は、観光客ならずとも心惹かれる。
こすれてサラサラと音のする様は、大正時代から変わっていない。
それはハイテクの時代にあって、いつまでも残しておきたい人の温もりが伝わる音である。
  ササラ電車
  如何に寒かろうとシバレようと、私は北海道の冬が嫌いになれない。
この厳しい季節を乗り越えれば、新たな生命が芽吹く春が巡ってくるから。

新年に希望の汽笛を聞き、大切な人と寿ぐ懐かしい鯨汁の膳に癒され、たくましいササラ電車に勇気づけられながら、今年もここから発信を続けて行こう。
今、懐深い北の大地に抱かれて、自分探しの旅は続く・・・。
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