![]() 蝉と水冠 2006.8.9 |
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急に蝉のことが知りたくなって・・・(いつもの好奇心の触手が獲物を捕らえたようだ。)手にした本が吉村仁先生の著書『素数ゼミの秘密』(文芸春秋)。 これを読めば、あなたもたちまち「蝉ワールド」に魅せられてしまうことだろう。 かいつまんでご案内することとしよう。 蝉は古代から地球上に存在し、恐竜が闊歩している時代には大声で鳴いていたらしい。 2億年前の化石も今とそれほど変わらない形をしているというから驚きである。 日本にも30種ぐらいの蝉がいるそうだ。蝉は生涯のほとんどを土の中で過ごす。何故だろう?とずっと疑問に思ってきた。通常は6〜9年を幼虫として地中で過ごし、夏になると地上に這い出して羽化し、オスはメスを呼ぶために命の限り鳴き続ける。蝉はオスしか鳴かない。 人間界でもこれほどオスが必死で呼びかけてくれたら、少子化にも歯止めがかけられるのではないかと真剣に考えてしまう。 交尾を終えればオスは役目を終え、メスは卵を木に産みつけてやはり死んでいく。 しばらくすると卵がかえり、やがて幼虫は地中にもぐって木の根に吸い付く。根の中の「道管」というくだを流れる水分をエサにして幾度となく脱皮を繰り返しながら大きくなるそうだ。 ここで栄養たっぷりの木の「師管」ではなく「道管」を選ぶ理由は長い時間をかけて成長するためである。地中なら敵に襲われる心配が少なく、多くの幼虫が安全に大きくなれるという訳だ。 地球上の動物の進化を知ってか知らずか、氷河期に入って仲間を失いながらも、人類より遥かに長い歴史を生き抜いてきたのだ。 吉村先生が「素数ゼミ」と呼ぶのは2004年アメリカの広範な地域で大発生して話題になった「17年ゼミ」や同じくアメリカに生息する「13年ゼミ」のような所謂「周期ゼミ」のこと。昆虫の中でも不思議な生態を持つ「蝉」。なぜ「13」「17」という年数なのか? 先生は長い間の最大の謎を見事に解き明かしている。 これには氷河期が深く関係しているようで、地球の温度が下がり植物の栄養が不足するにすれて蝉が地上に出てくる周期は長くならざるを得なくなった。しかし、19年では地中にいる時間が長すぎて幼虫は死んでしまう。18年が限度だったようだ。北方では14〜18年、南方では12〜15年という様々な周期となって地上に出てきてみると、違う周期の蝉が出会い交尾する「交雑」ということが生じ、周期がめちゃくちゃになってしまった。結果、地上に出てきても相手がいない。交雑が多ければ多いほど、子孫を残せなかった周期の蝉は絶滅してしまったというのだ。 ところが素数である「13年」「17年」という周期をもった蝉は素数の性質として最小公倍数が大きいので他の蝉と出会う確率が低く、交雑の回数が少なかった。そのため同時に地上に現れることが可能になり、多くの子孫を残すことができた。蝉はいつの間にか土の中で過ごす13年、17年というとてつもなく長い時間がわかるようになっていったというのだから、進化のメカニズムというのは人間の叡智など及びもつかない神秘である。 読み進めるうちに水冠が沸騰するような興奮状態に陥った。 食料を得るために動植物の「交雑」を繰り返し、遺伝子組み換えまで行ってきた人間と、交雑しないことで種を保存し、気の遠くなるような歳月を逞しく生きのびてきた蝉。 人間が木を切り倒し、彼らの生活環境を一変させれば、再び絶滅の危機を招きかねない。 暑苦しい、うるさい、大量発生が気持ち悪いと文句を言う前に、尊い命のことを考えるべきではないのか?! 長い年月、蝉の幼虫が地中で育つのは地球が元気で平和な証拠なのだから・・・。 文教大学湘南総合研究所のHPに以下のような内容の記述があった。 <20世紀の科学を振り返るとき、前半は「原子」に代表される物理学の時代、後半は「遺伝子」に代表される生命科学の時代と見ることができる。それぞれの学問を基礎にして「原子力技術」と「生命操作技術」が生まれ、今なお発展している。(中略)その使い方を一歩間違えば人類を滅ぼしかねないほどの力を内在している。> 品種改良という「交雑」は人間が生きていく上で不可欠であるとしても、限度を超え、生命倫理まで冒すような不遜な行為を続ければ、必ず自然の力に報復される日が来る。そんな気がしてならない。 かつて広島、長崎に原爆が投下されたこの季節、平和の鐘と共に降るように鳴く蝉の声が一層高らかに聞こえるのは私だけではないはずだ。 常々、ページタイトルである「水冠」をハンドルネームとして使用していることは宗教関係者からはご不興を買っているかもしれぬが、あくまでも法具と法衣の研究ページのシンボルとして登場させたことをご理解願えれば有難い。 悠久の歴史を知る生き証人として子孫を残し続けてきた蝉の奇跡のような生命力にあやかって、この『空飛ぶ水冠』のページも出来るだけ長く更新できることを、そして自分の使命として次世代に何某か役に立つことが伝えられるようなものでありたいと、蝉の声を聞きながら、今再び思いを新たにしている。
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